キャリアに悩むビジネスパーソンの応援団長がお送りする
人生のオーナーシップを自らの手に!!
代表プロフィール
垂水 克己(たるみ かつみ)

中央大学商学部卒業後、ハウス食品(株)に入社。14年間にわたり営業職を経験後、
中小企業診断士資格の取得を機にグループ経営推進部署に異動。
7年間にわたりマネージャーとして組織風土改革、新設子会社設立、異文化の子会社同士の一体感醸成にと奔走。
その間、子会社社長の「右腕的存在」としてエグゼクティブコーチング及びコンサルティングを行う。
09年に独立し現在は、「人と組織」活性コンサルタントとして、「みんなが輝いて働く組織づくり」活動に注力中。

「ヴィニー垂水の独りごと」ブログ更新中
主な資格
  • 中小企業診断士(経済産業大臣認定)
  • PCC(国際コーチ連盟認定プロフェッショナルコーチ資格)
  • CPCC(米国CTI認定プロフェッショナルコーチ資格)
  • ORSCC(米国CRR認定プロフェッショナル組織&関係性コーチ資格)
  • リーダーシップ・プログラム修了(コーチ養成機関CTI主催)
好きな場所・街

ミネソタ州バウンダリーウォーター・
カヌーエリア・ウィルダネス
モーターボートや車などを完全にシャットアウトした手つかずの大自然があるところをカナディアンカヌーを漕ぎながら旅をしていくことは格別の体験です。

ニューヨーク州マンハッタン島
歴史的建造物を大事にしつつ、超近代的ビルが共存するように立ち並ぶ風景から多様性が醸し出す豊かさを感じます。
好きな映画
マトリクス
SFXアクション映画。「マトリクス」「マトリクス・リーローテッド」「マトリクス・レボリューションズ」の3部作。出演者・・・キアヌ・リーブス、キャリー・アン・モス、ローレンス・フィッシュバーン等。

特に好きなのは、1作目でモーフィアスが主人公のネオにカンフートレーニングをしている際に、モーフィアスが「早く動こうと思うな。早いことを知れ」と言うシーン。
フリーダムライターズ
アメリカ合衆国でベストセラーとなった実話を基にした2007年の映画。主な出演者:ヒラリー・スワンク、パトリック・デンプシー、スコット・グレン。

特に好きなのは、主人公で国語教師のエリン・グルーウェルが、兄の終身刑に落ち込み自ら落第を望む生徒アンドレに対して、「あなたを絶対に落第させない! 必要ならあなたの家に押しかけていってもいいわ。なんでかわかる?あなたを信じているからよ!!」と言うシーン。
すきなこと・趣味

薪ストーブの前で「ぼ~っ」とすること
薪割り
見知らぬ町(特に海外)を一人で散策すること
カナディアン・カヌーでのツーリングキャンプ
ドラム演奏(ドラム歴25年)
※今もバンドに所属してライブにも出演しています。ライブ出演をする時は、ブログにて告知させて頂きます。

好きな食べ物…カレーライス、ナポリ風ピッツァ、スパゲティ
好きな飲み物…ベルギービール、スパークリング・ウォーター、赤ワイン
好きな音楽…60年代のブラックミュージック(マービンゲイ、ダニーハザウェイ)
垂水のキャリア経歴

1965年 東京都生まれ

就活、入社

23歳 中央大学商学部卒業後 ハウス食品株式会社に入社

学生時代を通してドラム演奏に打ち込んできたものの、プロになる程の自信はなく大学4年になってからやむなく就職を考え出す。あまりこだわりはなかったが、友人からの「自分で商品を吟味できる食品業界が親しみやすくて良いんじゃないか」というアドバイスに納得し、食品業界に絞って就活。バブル期絶頂だったこともあり、始めてから2ヶ月程経った頃、1番最初に内定をもらえた会社に入社を決意。ドラムを趣味として思いっきり満喫するための生活費稼ぎといったような気楽な気分で入社、営業部門に配属となった。

モチベーションはどん底に

32歳 昇格試験での挫折経験が一つの転機に

気楽な気分で入社したものの、毎日の仕事は忙しく、また刺激的でもあり、元来の負けず嫌いで成功意欲の高いことが功を奏して、目標を達成していくことに夢中に。結果まずまずの好業績を残してきたが、32歳を目前にして昇格試験に2年連続不合格。

同期入社はおろか後輩にも先を越されていくうちに仕事へのモチベーションはどん底に。「自分を正当に評価しない会社に、何が楽しくて毎日通っているんだ?」と嫌気がさしてきて仕事にも身が入らなくなり成績も急降下するという悪循環にはまっていった。

中小企業診断士試験にチャレンジ

そして会社を見返してやろうと強く決意し、中小企業診断士試験にチャレンジ。3年間にわたり睡眠時間を3~4時間まで削って猛勉強の末、資格を取得した。資格取得後は転職してやるぞと息巻いていたものの、箸にも棒にもかからず、会社に留まることにした。但し資格を活かして新たなことにチャレンジしたいと強く思い、会社に異動願いを出すことを決意。この時はじめて、「自分が仕事を通して何を得たいのか?何を成し遂げたいのか?」について真剣に考え始めた。

人生のオーナーシップを自らの手に

この頃、コーチングに出会い、コーチングを自ら体験しながらも一方で技術を学び始めた。

この一連の経験をきっかけに、人生の主導権を会社や家族といった外部に預けるのではなく、自分がしっかりと握ることがどれだけ大切かを痛感した。この頃から「人生のオーナーシップを自らの手に」という言葉が信条となる。

コーチングを通して自分に対する理解が進み、自信も少しずつ持てた私自身の経験に感銘を受け、自分の可能性を実現させるためにチャレンジする人が、成功できるようにサポートをしていくことを仕事にしていきたいと思い出した。

これが現在、ライフオーナーシップ・コーチとして活動している源流となっている。

色々なことに無気力に

36歳 異動先でマネージャーとしての厳しい洗礼を受ける

提出した異動願いが受諾され、14年間在籍した営業部門からグループ経営企画部署にマネージャーとして異動。そこでは、長年財務部門や総務部門に携わってきたメンバー達が部下に。マネージャーとして存在感を発揮しようと意気込んだ私は、これまで踏襲してきたやり方を見直しに早々に着手したものの、部下達との間には大きな亀裂が生まれ、何度となく言い合いに。

自分の考えが通らないことを、自分のことを見くびられていることと捉え、こちらの言い分を上司という立場を利用して押しつけようとする私への部下達からの反発は、日に日に激しくなる一方。自分はマネージャーとして役に立てていないかもしれないことが露呈する恐怖におびえ、部下達に上司として認められていない屈辱感に苛まれ、ストレスは最高潮に。

「自分は何に苦しんでいるのか?」

毎週、会社に向かう足がどんどん重くなっていったのを憶えています。この頃、精神的にも追い詰められ、色々なことに無気力になってしまっていました。

追い詰めに追い詰められ、「自分は何に苦しんでいるのか?」ということを必死に考えてみると、「業務全般の知見において、部下よりも劣っており、自分はそこを馬鹿にされているのではないか?加えて、自分は無価値なのではないか?」という恐れでした。それを否定したいが為に、部下達に必死にマウンティングをしていたのだとも気がつきました。

その奥には、「マネージャーは、部下達よりも全てにおいて優れ、質問されたことには即座に答えられないと、優秀とは認められず、価値も無い」という自分の思い込みが自分を苦しめているのだと思われました。

不得意なところは得意な部下やメンバーをみつけて任せる

それに気づいた時に、「自分は、自分の強みを活かしたマネジメントを行い、部下の方が得意なところは部下に任せ、自分と部下がお互いの強みを活かし合う関係にしていかないと、身が持たないな…」ともあきらめがつきました。

そこからは、自分で何でも網羅しようとはせずに、自分の強みである戦略性や営業観点を活かした全体統括を行いながら、細部に関しては部下の意見や能力を活かしていくという組織運営に移行していき、ストレスがビックリするほどにすっ飛んで行きました。

ここで学んだ事は次の3つです。

  1. 「あるべき」マネージャー像に捕らわれていないかに気を付ける
  2. 自分の強みを活かしたマネジメントを行い、不得意なところは得意な部下やメンバーをみつけて任せる。
  3. 「やっかいな部下」と思える部下ほど、後から考えると自分の人間力を鍛えてくれる

素晴らしい経営者との出会い

提出した異動願が受諾され、14年間在籍した営業部門からグループ経営企画部署にマネージャーとして異動。そこでは子会社の経営支援が主な業務で、延べ30人の子会社社長とお付き合いし、経営をサポートしていくものだった。そこでお会いしたお一人の社長との関わり合いが私の経営者観や経営観を育ててくれた。その方は際だって志が高く、肝が据わり、また会社の行く末と社員の活躍に本気で心を砕いておられる経営者だった。その方のあり方を通して、経営とはなんたるかを身をもって教えて頂く機会にもなった。一方他の会社では、親会社の顔色ばかりうかがっているあまり、幹部や社員との溝ばかり深まり、メンバーそれぞれは優秀なものの、人と人、チームとチームが諍い合い、士気の低下を起こし、成績も悪化していく様も見てきた。それはまさしく、「1+1=2どころか、0.5」になってしまっているありさまだった。

ここで学んだことは次の3つ。

  1. 経営には正解はない、故に正解か否かを考えすぎると先に進めなくなる。
  2. 信ずるものをまずは選択することが大切企業の可能性、将来像を経営者自身がどれだけ信じられているかが、経営の成否を決める
  3. 企業業績の長期的成長は、社内のコミュニケーションがどれだけ取れているか否かに比例する。そしてその社内のコミュニケーション度合いは、社長と幹部とのコミュニケーション度合いに比例する。

一方で、親会社からの辞令で子会社の社長にはなったものの、これまでの仕事とのギャップや子会社の古参幹部の関係に悩む社長も数多く見てきた。社員の人数や設備等が潤沢な親会社での仕事の仕方や慣例と、中小企業で膳弱な子会社でのそれらとは異なり、業種・業態が違えばなおのこと別物でもある。そのような中で、親会社での慣例を子会社に持ち込むことで、子会社の幹部や社員との軋轢ができることは良くある風景でもあった。

また古参幹部からすれば、自社業態に対する知見も経験も自分たちより少ない社長にこれまでのやり方を否定されることで反発したくなることも容易に理解できた。

このように社長と古参幹部がちぐはぐな状態が続いていては、経営もうまくいかなくなることは必然であり、結果として社長本人は社長を引き受けた事を悔やんだり、本社の人事部を恨んだりするありさまであり、そのような状況を解消するための支援にも数多く携わった。

ここでは如何に古参幹部を味方につけるかが大きなカギである。

新社長として、ビジョンや経営者としてのリーダー像を明確に創り上げていくことを支援していく同時に、古参幹部や社員からは、これまでのやり方の良いところ、強みを聞き出していくことをまずはお手伝いした。その上で、両者が持ち寄り新たな事業プランを創り上げていくことを支援していった。これらを通して、新社長のあたらしい風と、この企業が持つ強みが融合させることが出来、社全体が新しいチャレンジをしていく機運作りに一役買うことが出来た。

先代社長から引き継ぎ新社長として、会社の経営に取り組もうとする社長の右腕として私がお手伝いすることは、結果会社を強くし、社員の方を幸せにするんだと知った。ここでの経験や学びが、現在2代目社長の右腕として支援させて頂く原点になった。古参幹部をはじめとする社員の方々との関係での問題を解きほぐし解決していくことは、2代目社長は元より会社を強くし社員も幸せにするのだと確信している。

M&A後のグループ会社間の一体感醸成に取り組む

M&A後のぎくしゃくした親子会社間の関係に取り組む

結局、グループ経営企画部署には7年間在籍。
その間、会社としてはM&Aで2社を子会社化。

ここでは、M&A後のグループ会社間の一体感醸成に取り組んだ。
そこで経験したことは、M&Aをした後の親会社と子会社とが一致団結していくことの難しさであった。

親会社としては多額の出資をしたことの是非を、M&A後の子会社実績や、グループとしてのシナジー発揮によるグループ業績で株主や市場から監視される。その為全体最適という名の下に強権発動をしていったり、逆に子会社との軋轢を恐れるあまり気を使いすぎてリーダーシップを発揮できなかったりと迷走しそうになった。

逆にM&Aされた子会社の方には、社員の経営陣や親会社に対する疑心暗鬼や、元親会社から売却されたという裏切られた気持ちや悲しさ、絶望感が渦巻いていることが多く、なかなか素直に親会社との話し合いに望めないという難しさがあった。

親会社と子会社とで、まるで綱引きをしているような状態で、業績は不振を極め、「M&Aをしたことは失敗だったのではないか」という陰口まで社内には流れるありさまだった。ここでは、一貫して親会社と子会社間の葛藤・問題の解決役として活動。

M&A後のグループ会社間の一体感醸成に取り組む

ついつい感情的になり、騒然となったり冷戦状態になったりする話し合いの場を両者にどんな考えや思いがあるかを話し合い、相手に対する思い違いを解いてくための仲介役を務めた。これらの経験を通して「問題の奥に潜むコミュニケーション(組織内・組織間)のこじれを解決するためのスキル」を体得していった。

また社内では「10年後の企業像を検討していくプロジェクト」の参画メンバーにも抜擢され、会社の目指すべき姿を経営陣に答申する仕事も行った。これは、生産、営業、開発、研究、管理といった様々な部署の課長クラスのメンバーが合計10名程度が選抜して集められ、会社が10年後にはどんなビジネスをドメインとして行き、そのためにこれからの10年をどのように経営していくべきなのかを検討していくプロジェクトだった。ここではそれぞれ立場や置かれている環境が異なるため、当初は話しが噛み合わずに、何度も話し合いを中断せざるを得ない状況になり、予定されていた経営陣への答申日に間に合わないのではないかとまで心配された。

部署をまたがるメンバー同士が交流

それでもみんなが諦めずに最後までたどり着けたのは、「メンバー誰もがハウス食品を愛し、ハウス食品の成長を願っている同志である」という実感だった。この実感が異なる考えや意見を持つ人同士が、諦めずに妥協もせずに討議を続けられ、答申へと持ち込む事が出来た。ここでの答申はその後、全社戦略にも取り入れられ実際に実現に向けての一歩を踏み出した。ここでの体験は、組織変革に向けての同志がいることでその後社員にどのようなモチベーションになるかを実感できたと同時に、部署をまたがるメンバー同士が交流する際の留意点やコツも学ばせてもらえた。ここでの学びは現在、数多くの企業に対して組織変革支援をさせて頂く際に、私の礎になっている。

こうして、経験から体得した次の三つにより、私は数多くの社長達からアドバイスや支援を求められ、かわいがられた。

  1. 経営全体の流れや仕組みに対する知見から来る俯瞰した視点と同時に、あるべき論だけでなく現場の状況・状態にも則した視点も兼ね合わせたアドバイス(あるべき論だけでは、現場は動かないことを「10年後の企業像プロジェクト」での活動を通して実感し、それを経営アドバイスにも活用)
  2. 大抵の問題の奥に潜むコミュニケーション(組織内・組織間)のこじれを解決するためのスキル(M&A企業間の葛藤・問題解決の経験から体得)
  3. コミュニケーションスキル(営業経験及びコーチング経験)
会社を退職し独立

43歳 21年間勤めた会社を退職し独立

21年間勤めてきた会社には愛着も愛情も非常にあったのだが、自分自身の可能性にチャレンジしていきたいと考え、安定や安心を捨て独立を決意。

「人生のオーナーシップを自らの手に」を旗印に、先代からの古参幹部との関係構築に悩む2代目社長が、そしてそこで働く社員それぞれが、自分の可能性を諦めず自発的に働き、それぞれが組織や仲間のために貢献し合う組織づくりを目指し、ライフオーナーシップを設立。

独立後は、製造業、IT企業、流通企業、人材サービス業など多岐にわたる企業への組織活性コンサルティングや次世代リーダー育成やエグゼクティブ育成プログラムの研修を行う。

組織変革に関わった経営者は100名以上、次世代リーダー育成やエグゼクティブ育成プログラムの受講者は5000名を超える。「経営・ビジネスにに正解は無い」「挑戦をしようとしている経営者・幹部が一人で孤独になって良いはずは無い」という理念のもと、経営幹部のリーダーシップ開発と経営陣とミドルマネジメント間のコミュニケーションギャップ解消で組織変革を成功に導く。

うつ症状を発症

52歳 仕事のプレッシャーに負け、うつ症状を発症し、自宅に引きこもる

独立して8年間、がむしゃらにやってきました。
自分の可能性を拡げるために、仕事を選り好みせずに依頼や声をかけてもらった仕事は断らずにまずは挑戦をするというスタンスで取り組んできました。

紹介者やクライアントの期待に応え、最高の結果を残そうと無理をしすぎたのかも知れません。
結果を残すことにこだわり過ぎたゆえのプレッシャーに堪えきれなかったのかも知れません。
期待に応えようと、自分にとっては苦手なことを克服しようと自分に負荷をかけすぎたのかも知れません。

有る時を境に、心がポキッと折れてしまったように、人前に立つことが酷く怖くなり、自宅に引きこもるに至りました。この結果、お声がけ頂いていた仕事をお断りして、随分と迷惑もおかけしてしまい、申し訳ない気持ちで一杯になり、随分と自分で自分を責めました。

引きこもっている最中には、テレビのニュースで社会情勢などを見る度に自分が社会から脱落したことを痛感させられて、テレビから目を背けることが何度もあったことを思い出します。

社会にカムバック

家族や友人に支えられ、無事に社会復帰。コーチとして再始動

何も生み出さず、稼がず、ただ食べて寝るだけの自分への無価値感に苦しむ一方「社会になんとかカムバックしたい」という焦りばかりが募る自分を支えてくれる友人達にも随分と助けられました。

折に触れて、こちらの具合を確かめるようにラインで声を掛けてくれた友、ただただ、私の愚痴を聴いてくれた友、「仕事で転んだのだから、復活するのも仕事に向き合うしかない」と復活のチャンスをくれた友。

私は、そういった友人と家族に支えられ、引きこもりは半年で脱出。また、社会活動に復帰できました。

但し、何事も無かったかのように元に戻ったわけではありません。
この死闘とも言えた半年間を終えて、その後の働き方、生き方を見直すきっかけになりました。

今は、次のように考えています。

  1. 自分が得意だと思われること、自分を活かせると思われることや場面を最優先に取り組んで行く
  2. 周囲やクライアントの期待に応えようと、自分に無理をさせない
  3. 結果ばかりにフォーカスし過ぎない